Q. 古典の嫌いな生徒にどんな補助教材を提供したらいいでしょうか?中学で古典を教える悩める教師より。(12/9 更新)
A.  次の四つの場合を教材選びの目安として提案します。まず第一に短編でストーリー性のある話を選ぶことをおすすめします。
 例えば、「伊勢物語」の24段の話。田舎で愛し合って暮らしていた男女がいた。男は、都に出て働いてくると言い残して家を出たまま、音信不通になってしまった。女は、三年間も待ち続けたけれど、待ちくたびれて、他の男と結婚しようとする。そのときに、元の男が現われた。女は言う。「今夜、新しい人と結婚するんです」と。男は、「じゃあ、幸せにな」と去っていく。
 その去っていく姿を見て、女は本当に好きなのは、この人だったと思い、後を追いかける。でも、男は足が速い。結局、追いつけない。そして、女は一歩も歩けなくなり、清水のほとりに倒れてしまった。女はそこにあった岩に指の血で歌を書き付けた。「私の思いが届かずに、私はここで死んで行きます」と。そして、女はひとり死んでいく。
 生徒たちは、この話をどう思うでしょうか? 彼らの意見が聞けますね。こういう教材が結構楽しめる。生徒たちの意見を聞きたいですね。愚かな女と思うかもしれない。でも、こういうふうに愛に殉じることに価値をおく『伊勢物語』の魅力を教えて締めくくる。

 補助教材として第二にすすめたいのは、中学生たちが「自分はこう思う」と意見が言えるものです。3年生の教科書教材として「徒然草」が取りあげられていますが、教科書掲載以外の章段も、補助教材として適しています。たとえば、108段。
 作者である兼好法師が女の悪口をたくさん言っている章段です。「女ってのは、我欲が強く、貪欲で見栄っぱり、ワカラズヤ、口だけうまいが、浅知恵」などと、言いたい放題!でも、本質をついている。「こういうふうに兼好さんは言っているんだけど、皆、どう思う?」と、多くの生徒がすぐ意見が言えるような教材を提出するんです。むろん、議論の前に原文をさらりと読み、生徒にわかる言葉で訳しておく。
 いろんな意見を言わせて楽しんでもらったあと、「こんなに兼好さんが女の悪口を言うのは、実は女性にすごく興味と関心があったからじゃあないのかな」と、読みの深いところを生徒に伝える。
 生徒たちは、ハッとするかもしれません。そう言えば、自分がいじめてる女の子は、実はすごく興味のある子だとか、自分の経験に結びつける。古典って、バカにできないぞ。ずいぶん深いことを教えてくれるぞと、生徒たちに思わせることができたら、もう古典の授業は大成功!
 自分で意見が言えて、かつ自分の経験に結びつけられる教材を提供することをおすすめします。

 補助教材として、3番目にすすめたいのは、長編の中での印象的な一場面です。例えば、「竹取物語」で言えば、かぐや姫が「月に帰る」と話したとき、おじいさんが迎えに来るだろう天人たちにひどい悪タレをつくシーンは、おもしろいと思います。「迎えに来る人を長い爪で、目をつかみつぶしてやろう。きゃつらの髪をひっぱって、かなぐり落としてやろう。きゃつらの尻を多数の役人たちに見せて恥をかかせてやろう」と怒るんです。大事に育ててきたかぐや姫が、月に行ってしまう。おじいさんは、冷静ではいられない。とても、人間的ですよね。生徒たちにもわかる。生徒たちは、こんなことをわめくおじいさんをとても身近に感じてくれるのではないでしょうか。
 たとえ、そこで、教科書を広げて読まなくても、いつか、チャンスがあったら、古典を読んでみようと潜在意識となっていく。これが大切なんですね。私も、学校での古典の授業の面白さが潜在意識となっていました。

 補助教材として、4番目には、韻文なら恋愛の歌や視覚的な句をとりあげてみることをおすすめします。小野小町の歌は分かりやすいでしょう。「思いつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらしを」など。「和泉式部日記」の歌も興味を持ってもらえると思います。俳句では、蕪村などが視覚的ですね。一茶の句もわかりやすいのでおすすめです。
 ただし、ここでも、一字一句を嫌になるほど詳しく解説することは避けてほしい。さらりと今の言葉で訳していく。上にあげた小野小町の歌なら「あの人のことを思いながら寝たから、夢の中にあの人が現われたのかしら。夢だとわかっていたなら、目をさまさなかったのに」ぐらいでとどめておく。歌って意外によくわかるなあと思ってもらえたらしめたもの。

 以上、補助教材を選ぶポイントを四つ述べてきました。
それにしても、生徒を古典好きにする最も大事な要素は、教える側が古典好きであることです。でも、最初から古典好きの先生は、あまりいらっしゃらないと思います。どうしたら好きになるかというと、補助教材探しの旅に出ることです。
 こんな話、してやろうか、あんな話、してやろうかと、短編や長編の一場面や恋歌をあさっているうちに、不思議なことに、いつしか古典が好きになっています。「えっ、知らなかった、こんなこと書いてあるの」などと先生自身が楽しんで教材探しの旅に出ること。ぜひ実行してみてください。

<以上、光村メールマガジン 11月9日号・12月14日号 連載 山口仲美「中学古典への親しみ方」より>