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ゆうずうむげ
融通無碍 
山口仲美 |
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その日はじりじりと暑い真夏の日が照りつけていた。私は、北京に日本語教師として派遣されており、焦げ付くような北京の街を歩いていた。行きつけの写真屋に、頼んでおいた焼き増し写真を受け取りに行ったのである。
ところが、注文したフィルム番号の次の写真を大きく焼き増ししてあった。フィルム番号の記入欄には、普通サイズの欄と二倍の大サイズ欄の二種がある。大きいサイズに焼き増ししてほしい時は、番号の横に『A』と書いてある欄にチェックをするように教わっていた。安全を期するために『放大(大サイズ)』と書くと間違いなく大きいサイズにしてくれるとも教わった。
私は、安全を期して「二七A」にチェックし、「放大」とも書いた。なのに、フィルム番号「二八」が大きく引き延ばされていた。だいたいチェック欄が細すぎて見誤りやすいのである。私は、受付の若い中国女性に間違えを訴えた。すると、可愛い顔に似合わず、女の子はすごい剣幕で言い放った。
「二七Aというのは、二八のことです。」
私は、日本語と中国語と英語をチャンポンにして訴えた。
「二八は、すぐ下のフィルム番号でしょ。二七Aは、二七の大きいサイズ以外に考えられないでしょ。」
「いいえ、違います。二七Aは、二八のことなのです。」
私は、頭が混乱し始めた。「二七A」が「二八」を表すという、奇想天外な理屈が説得力を持って迫ってきた。
「じゃあ、二八は?」
「二八に決まっているでしょ。」
「二七Aも二八も、二八を表すんだったら、混乱するじゃあないですか!」
女の子は、こんなバカを相手にしてられるかという顔で、フンと鼻を横に向ける。私の頭は、まだ十代に見える女の子の融通無碍な数字に対する解釈に、完全に敗北していた。
「それじゃあ、仕方がないから、二七を大きいサイズで焼き増しして下さい。」
「一二元。」
女の子はつっけんどんに値段を言った。おお、高い。私は、負け犬のように、心の中で叫んだ。女の子のすることを見ていると、フィルム番号「二七」の所にチェックして終わりなのである。これでは、普通サイズの焼き増しが出来てきて、再びミスが起こるだけである。
「あのう、大きいサイズなんですけど、その書き方で大丈夫なんでしょうか?」
女の子は、うるさいなという顔つきで「いいのだ」と答える。
だが、実際に焼き増しの作業をする人は、この受付の女の子ではないのだから、どう考えても、大サイズの印がなかったら普通サイズにしか焼き増しをしないだろう。私は、手を伸ばして、申込書をつかみ取り、女の子のチェックした「二七」の番号欄の横に「放大」と書いて女の子に返した。女の子は、きつい目で私を睨んでいたが、私の書き込んだものに手を加えるほどマメではないらしかった。
写真屋を出て、足下に出来る自分の黒い影に目を落としながら、私はいささか感情を害していた。あとで、その写真屋は始終ミスを起こし、トラブルの絶えない店であることが分かった。それにしても、すごい理屈だった。私は生まれて初めて、「二七A」と「二八」とがともに「二八」を表すことを知ったのだった。
(『星座』かまくら春秋社・1巻2号・2001年3月掲載エッセイ)
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