『すらすら読める枕草子』のまえがき

山口仲美

現代に蘇らせるには
『枕草子』は、三〇〇近くの章段から成り立ったエッセイ集。この本では、そのうちの四〇段くらいの章段を選んで採り上げていきます。どんな採り上げ方をしたら、現代人にも「なるほど面白い」と思ってもらえるのでしょうか?
私は、『枕草子』を現在に生きる人々にも通用する魅力的なエッセイ集として蘇らせたいのです。そこで、まず、『枕草子』をエチケット集として読むことにしました。
エチケット集として
『枕草子』は、ふしぎなことに見事な礼儀作法の書として読むことができるのです。たとえば、「にくきもの(=癪にさわるもの)」という章段に注目してみます。そこでは、いらいらしたり、気に入らなかったりする事柄が列挙されています。「急用があるのに、長話をする客」、「寒い時に一人で暖房器具を独占している人」、「周りの人間に知られたくない逢瀬なのに、目立つ音を立てたり、いびきをかいたりしてしまう男」などと。
列挙された事柄を裏返してみると、人として、あるいは男と女の間で、してはならないエチケットが説かれているとみることができますね。急用がある人のところで長居をしてはいけないのです。寒い時には皆で分かち合って暖をとるべきなのです。人目を忍ぶ逢引では、目立つ音は厳禁です。同様に、「はづかしきもの」「にげなきもの(=似つかわしくないもの)」といったマイナス面に焦点を合わせた章段で列挙された事柄は、すべて人として守るべきマナーや男と女のエチケットを説いていると見ることが出来てしまう。
逆に「心にくきもの(=奥ゆかしいもの)」「めでたきもの」など褒め称えるべきプラス事項を列挙してある章段では、こうすると好感度が上がるというマナー集として読むことが出来る。
鋭い観察眼から生まれた『枕草子』は、古今東西に通用する礼儀作法の書でもあったのです。こうした観点から、『枕草子』をとりあげた著書は、まだ存在しません。ですから、新鮮に感じていただけるはずです。この本では、「T男と女のエチケット」「U人としてのマナー」の二部構成にして、『枕草子』の魅力に迫ります。
感動する心
それから、何と言っても、『枕草子』は、感動を呼ぶ折々のことを綴った随想に特色があります。この本では「V感じる心」の部をつくり、「何てステキな光景なの!」「もう、がっかりよ」「まあ、うれしい」「ああ、いらいらする」「ドキッとしちゃう」などのテーマで、該当する章段を取り上げました。清少納言はどんな光景に感動し、どんな時に喜び、どんな時にドキッとしたのでしょうか? その感性がわたしたちに共通していることが多いんですね。だから、共鳴できる。
こうして、この本は、現在にも通用する普遍的な側面に注目して『枕草子』を読んでみたものです。読み終わった後、きっと清少納言の率直な発言、鋭い感性や観察眼に魅了されていると思います。私も、彼女が大好きです。
では、早速、清少納言の発言に耳を傾けてみることにします。

(『すらすら読める枕草子』(講談社)より)