「おざなり」と「なおざり」
山口仲美


 少し前に、TBSの「はなまるマーケット」という番組から問い合わせがありました。「おざなり」と「なおざり」の意味の違いを教えてほしいというのです。視聴者が疑問に思う言葉の違いを説明するコーナーだそうです。たとえば、料理によく出てくる「適宜」と「適量」は、どう違うのか、はっきりしてよと視聴者が答えを迫るという趣向のコーナーです。
ふむふむ、「おざなり」と「なおざり」ですね。確かに似ています。『広辞苑』をひいてみても、「おざなり」=「その場のがれにいいかげんに物事をするさま」、「なおざり」=「いい加減にするさま」と説明されていて、区別がつきません。
 さあて、違いは? まず、言葉の古さ・新しさの違いがあります。われわれ中年以上の人間は、どちらも使いますが、若者は「おざなり」の方なら時々使うけれど、「なおざり」はほとんど使わないと言います。それも道理です。「なおざり」の語は、平安時代から存在する古い言葉で、もう死語の仲間入りをしそうです。平安時代には、実に良く使われていました。当時の国語辞書『いろはじ色葉字るいしょう類抄』にも「等閑ナヲザリ」と出てきます。それに対して「おざなり」の語は、まだ若い。江戸時代から見られます。「お座なりに げいこ芸子調子を あはせてる」(『柳多留』)という句もあります。
こんなふうに語の新古はあるけれど、現時点では両語が存在していて、「二つの語の違いは何? はっきりしてよ」という質問が寄せられているのです。うーん、まいったなあ。その時、私の頭の中に、ぴかっと稲妻のように違いが見えました。
 「おざなりにする」というのは、いい加減でもいいからともかく仕事はしてある状態です。ところが、「なおざりにする」というのは、いい加減にして放ってある状態を意味しています。つまり、「なおざり」の方は、してない方に重点があるのです。いい加減でもいいからやり終えているのが「おざなり」、いい加減に放って途中でやめているのが「なおざり」。
 でも、どうしてこういう違いが出てくるんでしょうか? 語の出来かたと関係があるように思えます。「おざなり」は、「お座」+「なり」からできた語。「お座」というのは、「その場」という意味。「なり」というのは、「それなりに」「彼なりに」「子供なりに」という時の「なり」と同じで、「相応に」という意味。だから、「お座なり」というのは、「その場相応に」やるという意味になるんですね。
 「なおざり」は、いろんな語源説がありますが、「なお猶」+「さ避り」からできたと考えるのがよさそうです。「なお猶」というのは、「何かの事態に対して特別な対応を起こさない」こと。「さ避り」というのは、「事柄を避ける」こと。ですから「なおざり」は、「事態にたいして手を打たずに避けて放っておく」という意味になるのです。
 「彼とのデートがあるから、仕事はおざなりに済ませちゃった」は、まあ許せる。乱暴で手抜きかもしれないけれど、一応仕事はしたんです。でも、「仕事をなおざりにしちゃった」は、許せない。だって、仕事を途中で放ってしてないんですから。