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言葉の力
山口仲美 |
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人間社会に生きていると、不快な気持を味わわされることが多いですね。それは、言葉にも表れています。
私は、かつて不快な気持を表わす言葉と快い気持を表わす言葉の割合を調べたことがあります。すると、不快な気持を表わす言葉は、快い気持を表わす言葉の三倍も多いのです。「かなしい」「くやしい」「くるしい」「つまらない」「つらい」「にくい」「ねたましい」と、私たちは不快な気持を表わす言葉をたくさん持っています。それに対して、「うれしい」「たのしい」などの快い感情を表わす言葉の少ないこと! 人間社会は、ストレスだらけ。そもそも欲求を持つから、人間は生きる力も湧いてくるのに、その欲求は残念ながら達成できないことのほうがずっと多い。だから、私たちは、不快な気持を感じることの方が多く、それを表わす言葉も多いのです。
でも、そうした不快感を味わっている最中にも、ちょっとした言葉で元気になることもあります。今回は、人を元気にする言葉の特集。
若者たちに聞いてみました。「言われてうれしかった言葉は何ですか?」 彼らの多くが挙げたのは、「ありがとう」という言葉でした。飲食店でバイトをしていて、注文の品を運んで行った時、「ありがとう」と言って受け取ってくれる人。「感謝してほしい気持があるわけではないのに、ふと言われた『ありがとう』の言葉に、報われたような暖かい気持になります」。「ご馳走さま」と言って出て行く客にも、バイトの若者たちは、癒されています。感謝の言葉は、言われた側の人間を幸せにするのです。
また、「君って、面白いね」「君って、話しやすい人だね」「君って、優しい」「頑張ったな」などと、人柄や努力を認める言葉にも、うれしい気持を味わっています。
いらいらしたり、落ち込んだりしている時に、言われてうれしかった言葉は、さまざまでした。看護婦をしていた若い女性が、トラブル続きで落ち込んでいた時に、患者から「笑顔がステキですね」と言われて、ハッとして滅入っていた気分が吹き飛んだと言います。また、平素から存在感が薄いと思っていた若者は、「あなたがいなくて寂しかったよ」と言われた時、評価されたようでうれしくなったと言います。また、容姿にコンプレックスを抱いていた女性が「可愛い」と言われた時、その言葉が慈雨のように心にしみこんできて、明るくなったと言います。
私はというと、若い頃、計算高くちゃっかりしている自分の性格にひどく嫌悪感をおぼえて滅入っていた時期がありました。そんな時、ちあきなおみさんの歌う「四つのお願い」の歌詞に癒されたのを覚えています。
「たとえば私が恋を恋をするなら、四つのお願い聞いて聞いてほしいの」に始まって、「一つ、やさしく愛して。二つ、わがまま言わせて。三つ、さみしくさせないで。四つ、誰にも秘密にしてね」
と、自己中心的なお願いを相手に明るく押し付ける歌詞です。私は、最初この身勝手な歌詞に腹を立てたのですが、やがてこういうのも許されるのかと救われた気分になったのです。
その人の存在を肯定してやる言葉、それが不快感に悩む人間を救い上げる言葉なのです。滅入っている人を元気にさせるのは、目には見えない言葉の力なのでした。
(以上は、『文化庁月報』409号、平成14年10月掲載の文章です。)
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