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Q. |
つい友達としゃべっていると、「すげー」とか「おもしれー」なんて、叫んでしまうのですが、こういう言葉っていつから現れたんですか?(06/6/10更新) |
A. |
江戸時代から「スゲー」「イテー」のような言い方が現れています。以下の答えは、私の『日本語の歴史』(岩波新書)からの抜粋です。興味を持ってくださった方は、是非、もとの『日本語の歴史』を読んで楽しんでください。
「大工調べ」に江戸語の面影
私は、落語が好きで、桂文楽、古今亭志ん生、三遊亭円生、をはじめとする落語のカセットテープやCDを聴いては時を過ごします。なかでも明治二三年(一八九〇年)生まれの五代目古今亭志ん生さん(「図24」)の落語には、江戸語の面影が残っているので、江戸語の匂いもあわせ楽しんでいます。ここでは、志ん生さんの「大工調べ」の一部をカセットから文字起こしをして、江戸語の特色になっている「エー」の問題の枕にします。江戸の大工さんの話です。志ん生さんの発音をそのまま再現することを目指してテープ起こしをしてあります。私たちは、文字の世界に慣れすぎているので、実際の発音にははっとさせられます。
実におもしろいもんで、朝晩つきあう人のなまえもほんとにしらないで、そしてつきあってんですからな。
「少々伺いますけれど」
「何だ、何だ」
「このへんにヤマダキサブローさんって方、おりましょーかねー」
「何をー、ヤマダキサブロー、おそろしいなげーなめーだなー」
「しょーべーは、何だ?」
「商売(しょーばい)は大工(だいく)さんですが」
「でーくでヤマダキサブローだと? でーくのヤマダキサブローなんてのはー、なー…、キサコー」
「おー」
「でーくでヤマダキサブローってのを知ってるか、おめー」
「でーくでヤマダキサブローってのは、……おれだ」
「何を言ってやんだい。てめー、でーくのキサッペてんじゃーねーかよー」
「それが、おれヤマダなんだよ」
「ヤマダってつらじゃーねーよ、てめーは。じゃまだってつらだ」
(以下は、場面変わって、大工仲間の会話)
「おめー、なにかい、キサッペのなまえ知ってるかよ」
「知ってるわな。でーくのキサッペだろ」
「でーくのキサッペじゃーねーやい」
「そーかー?」
「おれも、大工(だいく)のキサッペだとばっか思ってた。したところが、そうじゃねーんだ」
「ふーん」
「大工(だいく)のキサッペってゆーのは、浮世を忍ぶ仮の名だ。まこと本名は、ヤマダキサブローてんだとよ。」
「へー、ふてーやろーだ。」
(五代目古今亭志ん生「大工調べ」『NHK落語名人選 82』一九八八年)
こういうことってありますよね。「さっちゃん」と呼んで遊んでいた隣の女の子が、学校に行ったら、「五十嵐幸恵」というれっきとした名前だったことを知ってびっくりする感じに通じています。「ヤマダキサブロー」という長くて立派な名前を持っていたことに対する大工仲間の驚きが、「ふてーやろーだ」という発言にユーモラスに出ています。大工さんたちの言葉遣いが、ずいぶん悪いように聞こえたかもしれません。でも、私たちも仲間内で気を許して話しているときは、似たり寄ったりの言葉遣いです。
私の勤務先の埼玉大学で学生たちの話し言葉に耳をすませても、「オモシレー(面白い)」「ヒデー(ひどい)」「スゲー(すごい)」「ツエー(強い)」「ソージャーネーヨ(そうじゃあないよ)」「オレダッテ、ソーシテーヨ(そうしたいよ)」「ヤベー(やばい)」「ウルセーヨ(うるさいよ)」「タケー(高い)」「ウッ、セメー(狭い)」「イテー(痛い)」とやっています。場面によっては、「オメー(おまえ)」「テメー(てまえ)」だって、耳にします。
また、落語「大工調べ」では、改まった場面の発言では、「ダイク」「ショーバイ」「オモシロイ」「ナマエ」「ナイ」と書き言葉どおりの発音になっています。私たち現代人も、改まった場面では、決してこれらの「エー」となるようなエ列長音を使いません。同じですね。
「エー」とのばすエ列長音は、江戸時代から現れた発音で、現在に継承されたものです。もっとも江戸時代では、現在よりももっとエ列長音を頻用します。でも、エ列長音になるパターンは、江戸時代と同じです。一体、どんな音の組み合わせになると、エ列長音になりやすいのでしょうか。
「アイ」が「エー」に
「大工調べ」に、実によく出てきました。「デーク」「ショーベー」「ナゲー」「キサッペジャーネーヤイ」です。「ダイク[daiku」→「デーク[de:ku]」、「ショーバイ[?o:bai]」→「ショーベー[?o:be:]」、「ナガイ[nagai]」→「ナゲー[nage:]」、「ナイ[nai]」→「ネー[ne:]」と[ai]と母音が続くと、[e:]とエ列長音になります。
このパターンでエ列長音になるものが最も多く、それが一つの特色になっています。『浮世風呂』や『浮世床』を読んでも、この種の語例をたくさん指摘することが出来ます。次が、その一部の例です。現在でも使うものをチェックしつつ御覧ください。カタカナで発音を示しておきます。以下、カタカナで示したものは、発音をあらわしています。
張合(ハリエー)、二階(ニケー)、厄介者(ヤツケーモン)、若者共(ワケーモンドモ)、使(ツケー)、お互(タゲー)、間違(マチゲー)、臭(クセー)、うるせへ(ウルセー)、なせへ(ナセー)、大層(テーソー)、大概(テーゲー)、一体(イツテー)、重てへ(オモテー)、腫ぼってへ(ハレボッテー)、じれってへ(ジレッテー)、大丈夫(デージョーブ)、大学(デーガク)、穢へ(キタネー)、少へ(スクネー)、忝ねへ(カタジケネー)、あぶねへ(アブネー)、無(ネー)、うめへ(ウメー)、入りねへ(ヘーリネー)
「臭(クセー)」「うるせへ(ウルセー)」「重てへ(オモテー)」「じれってへ(ジレッテー)」「穢へ(キタネー)」「少へ(スクネー)」「あぶねへ(アブネー)」「無(ネー)」「うめへ(ウメー)」などの形容詞系のものは、現在に継承されていますね。
「エー」になる、その他のパターン
「アエ [ae]」が、「エー[e:]」になることもあります。「大工調べ」では、「ナメー」「オメー」「テメー」が見られました。「ナマエ[namae]」→「ナメー[neme:]」になるパターンです。このパターンは、「アイ」→「エー」の例ほど多くありませんが、それでもよく見られます。さっきと同じように、江戸時代の例をあげてみますから、現代語でも使うかどうか、検討しつつ御覧ください。
蛙(ケール)、お迎(ムケー)、帰(ケー)る、あきれけへ(ケー)る、とり替引替(ケーヒツケー)、考(カンゲー)出(ダ)した、拵(コセー)る、口答(クチゴテー)、気前(キメー)、
名前(ナメー)、手前(テメー)、おめへ(オメー)、つかめへる(ツカメール)、誂へる(アツレール)
現在では、「オメー」「テメー」を使うくらいで、あとは、「エー」とせずに、もとの「アエ」の形で発音しています。現代語になると、勢力の衰えたパターンですね。
「オイ」が「エー」になることもあります。「大工調べ」に出てきた「フテー」のパターンです。「フトイ(hutoi)」→「フテー(hute:)」の変化です。例によって、江戸時代に見られるものをあげてみます。
ひでへ(ヒデー)、ふてへ(フテー)、一昨日(オトテー)、おもしれへ(オモシレー)、気が強へ(ツエー)、能加減(エーカゲン)、ゑゑぞ(エーゾ)。
さほど例は多くはありません。現代の学生たちも、「オモシレー」「ツエー」「ヒデー」は使っていますし、さらに「スゲー(すごい)」も連発しています。関西方面では「よい」のことは、いまでも「エー」と言っています。名詞には残りませんでしたが、形容詞系で現在でも活躍しています。
「イエ」が「エー」になる例も僅かですが、見られます。「オシエル[osieru]」を「オセール[ose:ru]」と言ったりする例です。現在でも「オセーテアゲル」と言ったりします。
町人階級の言葉
以上にあげたようなエ列長音は、現在でも確かに使っています。けれども、男性であるとか、若いとか、親しい仲間内であるとか、に限られています。江戸時代では、どうだったのでしょうか。
江戸時代は、現在よりもはるかに広範囲で、おおっぴらに「イテー」式のエ列長音は用いられています。隠居のおばあさん、長屋のおかみさん、料理屋の娘さんなどの女性たちも、人前で平気で使っているのですから。
ところが、江戸時代でも、エ列長音を使う人々を観察すると、町人階級に限られています。山の手にある大名や旗本の屋敷にいる人々や知識階級の人々になると、「イテー」式のエ列長音を使わない。もとの母音の形をきちんと発音しています。つまり、武士階級や知識階級では使わない発音なのです。
だから、江戸語と一口に言っても、武士階級の言葉と町人階級の言葉とは、違っていることに気づきます。さらに、町人階級と言っても、武士たちと付き合う必要のある大商人たちと長屋暮らしのごく普通の町人たちとは、やっぱり言葉が違っています。大商人たちは、武士たちの機嫌をそこねては商売が出来ませんから、言葉遣いは丁寧です。「イテー」式のエ列長音を使ってワイワイしゃべっていたのは、長屋暮らしをしていたりするごく普通の町人たちです。でも、彼らが、江戸の人口のうえでは最も数が多いのですから、エ列長音は江戸語の特色と言っても、言い過ぎではありません。
乱暴だけれど、裏には篤い人情がこもっている。こういう言葉こそ、長屋住まいの江戸町人たちの好みです。見てくればかり気にしている人間とは一線を画しているという自負さえ感じられる、威勢のいい発音なのです。こうした江戸語は、明治時代になると、東京語の中の下町言葉になって、生き生きと活躍します。
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