ちんちんかもかも

山口 仲美
男女の深い仲
ことばの語源探索は、まことに心愉しいものである。ああだこうだと考えているうちに、わけなく一日立ってしまう。そして、結局のところ確実な答えが得られなかったりするのだけれど、それでもいつかきっと決め手をつかんでみせるから待ってなさいよなどと、妙に意気込みたくなるものなのだ。
 「ちんちんかもかも」も、その一つである。その響きから何やら余り上品なことばとは思えないのであるが、江戸時代の作品にはよく出てくる。
二人こっそり手を取って、ここから直ぐに随徳寺、誰憚らずちんちんかもかも、えゝ畜生め(えんま小兵衛 序幕)
 男と女が手に手を取って駆け落ちし、人目もはばからす深い仲になることを、「ちんちんかもかも」というのだ。辞書には「語源未詳」と書かれている。
 末尾の「かも」が一つ減った「ちんちんかも」の形もある。同じく男と女の仲睦まじいことを意味する。さらに略して「ちんかも」と言う時もある。
 一体、これらの語がどうしてそんな意味をもつのだろうか? なんとしても解き明したい問題だ。

湯のわく音から
 調べてみると、まず「ちんちん」の形だけで、「ちんちんかもかも」などと全く同じ意味を表す例があるのだ。
女夫(めうと)の仲はちんちん、去(さり)なしたは此母(このはは)(心中二つ腹帯 三)
といった具合である。この「ちんちん」の方が、先の「ちんちんかもかも」などと「かも」の付いた形より本来的だと思われる。なぜなら「ちんちん」の方が、時代的に先行する資料に見られるからである。また、「ちんちん」は、「ちんちんこってり」「ちんちんばなし」「ちんちんもの」と、「かも」以外の語にも付き、元来独立していたと察せられるからである。
 では、この「ちんちん」は、どこから生れたことばなのか? われわれ現代人には一見奇妙に感じられるのだが、江戸時代では、やきもちの心も「ちんちん」の語で表す。
父の頭の茶鑵(やくわん)よりこっちの胸が煮えくら返り、ちんちんでこらへられねえのだ(綴合新著膝栗毛 二幕)
 嫉妬心も「ちんちん」と言うのだ。この「ちんちん」は、鉄瓶などで湯のわく音をうつす擬音語から来たことばではあるまいか。『東海道中膝栗毛』には、「お湯もちんちんわいております」とある。今では、鉄瓶などを余り見かけないが、私が子供の頃は、火鉢の上に鉄瓶がのっていて、湯がわくとチンチンと始終鳴っていたものである。湯の煮えたぎるさまは、嫉妬の炎にもえたぎる胸の内と類似する。だから、やきもちの心を「ちんちん」と言ったのだろう。

三味線の音から
 では、男女の交情を意味する「ちんちん」も、湯のわく音を写す擬音語から来たと考えてよいだろうか? 男女のしっぽりした間柄と湯の煮え立つさまとは、いまひとつしっくりしない。別の語源を考えてみる必要がありそうだ。
 男女間のこまやかな情愛を象徴しそうなものに、三昧線の音色「ちんちん」がある。
アアつがもねへ(=ばかばかしい)。ちんちんちん。(御存商賣物)
 五代目市川団十郎の声色で「つがもねへ」と言ったあと、三味線の合(あい)の手を「ちんちんちん」と写している。三味線の音色は、弾き方に応じてさまざまな擬音語で写されるが、「ちんちん」が一種の典型である。
 女が三味線をひき、男が渋い声でうたい、二人は甘い雰囲気にひたる。こんな場面が当時ではしばしば見られる。また、浄瑠璃や歌舞伎では、男と女の道行が三味線の伴奏で切々と語られる。男女の仲睦まじい間柄を象徴する場面には、三味線の音が付きものなのだ。三味線のかなでる音色「ちんちん」は、こうしていつしか情愛深き男女の仲を意味するようになっていったのではあるまいか。
 やきもちを表す「ちんちん」が、鉄瓶などで湯の煮え立つ音を写す擬音語から来たように、男女の深い仲を表す「ちんちん」は、三味線の音色を写す擬音語から生れてきたと私は考えているのである。

なぜ、「かも」なのか
 「ちんちん」の語が、こうして出来上がると、次に語呂合わせで「かも」が付く。なぜ、他の語ではなく、よりによって「かも」が付いたのか? 元禄時代大変はやった小唄に「ちんちん節」がある。
ならぬ恋ならやめたもましよ。沖のちんちん千鳥が、羽うち違への恋衣、さてよひ仲それが定よ(松の葉 三)
 「ちんちん」が、男女の深き交情を意味しつつ、一方では「千鳥」を引き出すための序ともなる。「ちんちん節」のおかげで、「千鳥」は、男女のいい仲を暗示する鳥として名をあげた。一方、当時の人々がきわめて美味なものとして愛好した鳥に「鴨」がいる。「鴨の味」とは、とても良い味、特に夫婦生活の楽しい味わいを言う。
 こうして「千鳥」に「鴨」を組み合わせ、「ちんちんかも」の語ができあがる。ここまでくれば、あとは語呂合わせでいくらでも新しい言い廻しをつくることができる。もっと口調を整えて「ちんちんかもかも」。ほかにも「ちんちん鴨の脚」「ちんちん鴨の入れ首」「ちんちん鴨の入れ首出し首」「ちんちんかもめ」「ちんちん鴨の小鍋立(こなべだて)」。すべて親密な男女の間柄を意味することばである。
 こんな語源探索に身をゆだねていたら、いつの間にか日が傾いていた。

(『新・にほんご紀行』日経BP社刊、第U部「オノマトペに遊ぶ」より)