擬音語・擬態語の変化
(前編)
山口 仲美

(『日本語史研究の課題』武蔵野書院2001年10月刊 掲載論文。長編のために「前編」「後編」の2回に分けて掲載します。)

 <ここ30年間に、擬音語・擬態語はどんな変化の跡を見せるのか? それは、一体何を意味しているのか? これがこの論文のテーマです。>
                  

 一 はじめに
 「定年わっはっは」
 これは、朝日新聞(二〇〇一年一月夕刊)の連載見出しタイトル。擬音語・擬態語は、今や新聞のタイトルにまで入り込んでいる。これらの語群が日本語の一つの特色を形成していることは、もはや事新しく述べ立てるまでもあるまい。西欧語・中国語に比して、日本語に擬音語・擬態語がいかに豊かであるかについても、既に述べられている(注1)。
 これらの擬音語・擬態語は、一般に泡沫のごとく生まれては消える語群であると言われてきた。しかしながら、筆者の調査によれば、一般に想像している以上に残存率が高い。どこまでを同一語と見なすかによって比率は異なるが、同一語と見なす範囲を最も寛容にとって数量化すれば、その六〇%近くが一千年の寿命を保っている(注2)。
 だが、間違いなく消滅している擬音語・擬態語があり、一方では新しく生まれてくる擬音語・擬態語があり、絶えず新陳交代を繰り返している。しかも、近年の変化は、かつてないほどに著しいように思われる。一体、ここ三〇年の間にどのような擬音語・擬態語が廃れ、どのような擬音語・擬態語が誕生しているのか? このことを意味面から明らかにしてみようとするのが、本稿の目的である。擬音語・擬態語の研究は多いが、こうした短期間の新陳交代に焦点を当てた研究は、管見による限り、まだなされていないものである。

二 方法と資料
 まず二〇〇〇年一二月から二〇〇一年一月にかけての一ヶ月間に出された新聞・雑誌から擬音語・擬態語をピックアップした。調査資料は、次のものである。
(1) 「朝日新聞」二〇〇〇年一二月一〇日〜二〇〇一年一月九日。
(2) 「日本経済新聞」二〇〇〇年一二月一〇日〜二〇〇一年一月一一日。
(3) 「日刊スポーツ」二〇〇〇年一二月一日〜二〇〇〇年一二月三一日。
(4)「日本工業新聞」二〇〇〇年一二月一日〜二〇〇〇年一二月二八日。
(5)『週刊現代』二〇〇〇年一二月二日号・一二月九日号・一二月二三日号・一二月三〇日号。
(6) 『SPA!』二〇〇〇年一二月六日号・一二月一三日号・一二月二〇日号・一二月二七日号。
(7) 『女性自身』二〇〇〇年一二月五日号・一二月一二日号・一二月一九日号・一二月二六日二〇〇一年一月一日合併号。
(8)『Hanako』二〇〇〇年一二月六日号・一二月一三日号・一二月二〇日号・一二月二七日号。
これらの新聞((1)〜(4))や週刊誌((5)〜(8))は、それぞれできるだけ性質の異なっているものを選択した。バラエティに富んだ擬音語・擬態語を採集したかったためである。なお、これらの新聞・雑誌に見られる広告部分は、調査対象から除いた。
さて、(1)〜(8)までの資料を調査して得られた擬音語・擬態語の種類は、一二一〇種。次に、これらの擬音語・擬態語を天沼寧編『擬音語・擬態語辞典』(東京堂出版)と比較してみた。同辞典は、一九七二年三月から翌年三月末までの一年一ヶ月におよぶ期間の新聞を中心に調査して作成されたものである。約三〇年前の擬音語・擬態語を知ることの出来る資料である。同辞典の用例採集に使った新聞は、「朝日新聞」「毎日新聞」「読売新聞」「産経新聞」「東京新聞」「日本経済新聞」の六新聞。このほか、単行本や雑誌・週刊誌・偶然目にした新聞などからも採集した例が追加されている。本稿の調査よりも長期にわたり、調査範囲も広い。同辞典に実例つきで掲載されている見出し項目数は、一三七四。同辞典には、実例がなく作例で補ってある項目があるので、それを除いた数である。本稿の調査よりも、一六四例多いが、ほぼ同種の資料の調査結果であり、比較に便利である。
本稿の調査で得られた擬音語・擬態語一二一〇種と天沼寧編『擬音語・擬態語辞典』の見出し語一三七四種を比較し、約三〇年間にどのような変化が起きているのかを明らかにしようとするのが、本稿の方法である。

三 変化の度合と五つの用法
 本稿の抽出した擬音語・擬態語一二一〇種のうち、天沼寧編『擬音語・擬態語辞典』にも掲載されているものは、六七九種。
これは、同一語と見なす基準を最も厳しくした時の数値である。たとえば、「キラキラ」と「キラキラッ」、「ゴツン」と「ゴツンッ」とは、末尾に促音を添加してあるかないかの違いであるが、別の語と見なすといった厳格な基準である。促音・長音・撥音を加えるだけで、擬音語・擬態語は、表現効果の異なる語になることが多いからである。この基準で見ると、三〇年前から全く同じ語形で意味も変わらずに存在している擬音語・擬態語は、五六%。三〇年という短期間に、四四%の擬音語・擬態語が入れ替わったことになる。ただし、実際の変化率は、この数値より低く、おおよそ四〇%と見ておくのが適切であろう。
というのは、三〇年前のデータとして使用したのは、『擬音語・擬態語辞典』である。辞典は、ナマの資料と違って、ある程度一般化している語しか取り上げられないという制約がある。実際には三〇年前に存在していたのに、辞典には取り上げられなかった語が多少存在していると考えられるからである。それにしてもわずか三〇年間に激しく変化していることが分かる。
 一体いかなる擬音語・擬態語が新陳交代をしているのか? 擬音語・擬態語の用いられ方に注目して、次の五分類に従って以下の話を進めていくことにする(注3)。
(一) 物の音を表すのに用いられている場合。
 ○サリン噴霧車に一人でサリンを注入したとき、ゴボゴボと音がして、(朝日・二〇〇〇年一二月二二日)
  「ゴボゴボ」は液体のたてる音。音を出す主体が、無生物である場合をここに属させる。人間のたてる音は、後の(四)(五)に属させることにする。
(二) 人間などの声を表すのに用いられている場合。
 ○「ワシは世界一の借金王じゃい、アハハハハ」と笑ったら頭がプツンと切れて大騒ぎした。(週刊現代・二〇〇〇年一二月九日号)
  「アハハハハ」などの笑い声や、なき声を写す語が、ここに属する。声をあげる主体は、人間をはじめとする生き物。
(三)物の様子を表すのに用いられている場合。
○株価がジリジリ低迷している。(週刊現代・二〇〇〇年一二月二三日号)
 ○頬はふっくらとして、(週刊現代・二〇〇〇年一二月二三日号)
  「ジリジリ」は、株価が少しずつ追い詰められていく様子を表す語。「ふっくら」は、頬の柔らかく膨らんでいる様子。主体は、無生物である。例示した「頬」のように、人間のものであっても「物」として扱っている場合はここに属する。また、この用法を担当するのは、擬態語である。
(四)人間などの行動様式を表すのに用いられている場合。
 ○それまでぶ然とした表情で質問を聞き流していたKさんに、質問のほこ先が向けられると、ツカツカと答弁席に歩み寄った。(読売・夕刊・一九七二年一一月一〇日)
 ○驚いたことに、へやのドアをノックしてくる学生が少ない。突然ドタドタと入ってきて、(大阪・朝日・一九七二年一〇月一〇日)
  「ツカツカ」も「ドタドタ」も、ともに人間の動作や行動の様式を表している。人間のみならず、生き物などが意志のある存在として行動している場合もここに含まれる。
(五)人間などの気持を表すのに用いられている場合。
 ○商品なのか備品なのかわからぬような山にぶつかって、ワクワクするが、あの宝探しの感じだ。(朝日・二〇〇〇年一二月一〇日)
  「ワクワク」は、胸の弾むような期待感。「ドキドキ」などの擬音語も、心臓の動悸が高まってしまうほどの不安・恐怖・驚き・期待の気持を表すのに用いられているので、ここに属する。
 以上の五通りである。むろん、一つの擬音語や擬態語が常に一つの用法に限定されているわけではない。複数の用法を持つこともある。たとえば、「ガリガリ」。硬い物が噛み砕かれる時の音を表し、(一)に属する場合もあるが、非常にやせ細っている様子をあらわし、(三)の用法も持つという場合である。こうした場合は、両者に属させることにする。また、截然と区別しがたい用法もあり、無理をしてどちらか近いほうに属せざるを得ないこともある。こうした点を考慮しながら、これから論じようとしている擬音語・擬態語がおおよそどのような使われ方をすることが多いのかをサンプリング調査で把握しておくことにする。
 調査は、ランダム抽出によって六六九種類(全種類の三五%にあたる)の擬音語・擬態語をサンプリングし、五通りの場合に分類してみた。結果は、〈表1〉の通りである。複数の用法のある場合があるので、合計欄は、六六九よりも多く、七三〇例になっている。

<表1>擬音語・擬態語の用いられ方 (サンプル調査・669項目)
(一)物の音を表す (二)人間などの声を表す (三)物の様子を表す (四)人間などの行動様式を表す (五)人間などの気持を表す
(1)30年前のみに見られる擬音・擬態語 81 9 82 54 11 237
(2)共通に見られる擬音・擬態語 65 10 117 83 21 296
(3)現在のみに見られる擬音・擬態語 53 51 39 36 18 197
(4)計 199 70 238 173 50 730

 〈表1〉の(1)の行は、天沼寧編『擬音語・擬態語辞典』にのみ見られる擬音語・擬態語。つまり、三〇年後の現在の調査には見られず、余り使用されなくなっている擬音語・擬態語。(2)の行は、三〇年前から現在までずっと存在し続けている擬音語・擬態語。(3)の行は、現在の調査にのみ現れた擬音語・擬態語。つまり、三〇年前には見られず、新しく現れた可能性の高い擬音語・擬態語。

 〈表1〉の(1)と(3)の行を比較すると、次の傾向を指摘することが出来る。(三)物の様子を表す用法が、(1)三〇年前のみに見られる場合がかなり多いのに対し、(二)人間などの声を表す用法と(五)人間などの気持を表す用法は、逆に(3)現在のみに見られる場合が多いという傾向である。これは、一体どういうことなのか? 以下、サンプル調査を離れて、全用例を観察しながら解明していくことにする。

 四 粘り気のある様子
 まず、(三)物の様子を表す擬態語に焦点を当ててみる。三〇年前の『擬音語・擬態語辞典』にあって、現在の資料に出てこなかった語の多いことは、〈表1〉から明らかであった。どのような語が現在の資料には見られなかったのか? 現在に見られなかった語をここで全て列挙してみても意味がない。何か、その中で特色をもった語群はないのか? 観察してみると、粘りっ気のある様子を表す擬態語が浮かび上がってくる。粘性の状態を表す擬態語が、三〇年前には頻用されていたのに、現在では、余り使われていないのである。むろん、三〇年前も現在も共通して用いられている擬態語はある。たとえば、次に示す「ベタベタ」や「ネチネチ」。
○ とくに戸だなの中で油ものコーナーがいちばんベタベタとよごれています。(サンケイ・一九七二年一二月二六日)
○ 油がしみ出てベタベタしてくるまで(朝日・二〇〇〇年一二月一〇日)
「ベタベタ」は、ともに油の粘りつく様子。前の例が、三〇年前のもの。後の例が現在の資料に見られる例。
○ Dは、ネチネチ粘っこく押す力士だけに…(日経・一九七二年九月一九日)
○ 「石川君の将棋は手厚くてネチネチしてる」と小野七段。(朝日・二〇〇〇年一二月一〇日)
「ネチネチ」も、粘りのある様子を表す語。最初の例が、三〇年前のもの。後ろの例が現在のもの。この他、「ヌルヌル」「ヌルリ」「ネットリ」「ベタッ」「ペタッ」「ベトベト」などの語も、共通して用いられている。
このような共通語もあるのだが、三〇年前のみに見られる粘性を表す擬態語が次のごとく数多く存在する。種類の異なる語例を、一例ずつ掲載してみる。
○ どことなくあぶらぎったごきぶりのヌメヌメしたいやらしさが重ねあわされるからだろう。(毎日・一九七三年五月一八日)
○ ますは表面がヌラヌラしているが、ぬれぶきんでおさえれば扱いやすい。(朝日・一九七二年六月四日)
○ 無意識におさえた手にヌラリと血の感覚(毎日・夕刊・一九七二年一月一七日)
○ でっかい口に八字ひげ、ヌルッとしたグロテスクな姿からはとても想像つかないたんぱく源がいっぱいのスタミナ料理だ。(毎日・一九七三年一月一九日)
「ヌルッ」は、鯰の感触である。
○ 家でそばがきにしてみたらよ、そばのにおいはないし、変にネタネタしてよ、…(朝日・一九七三年三月一日)
○ 暑くなると、表面にネトネトが出ることがあります。これは表面の水滴に空気中の細菌がついて粘り出していると思われますから、(朝日・一九七三年七月八日)
「ネトネト」は、傷んだウインナーソーセージの様子に使われた擬態語。
○ 海水や空気がひまし油のようにネバネバしていたら、自由に動き回ることができないだろう。(日経・夕刊・一九七三年二月三日)
○ 最初はボウルの中で手でこねる。実際やってみると、指にぺタぺタくっついてどうしようもないが、(朝日・一九七三年四月五日)
○ シーツがベットリ汗ばむ夜。(朝日・一九七三年八月二二日)
以上に列挙した粘り気を表す語は、いずれも不快感を伴う粘性の
感触である。この他、「ギトギト」「ニョロニョロ」「ニョロリ」などの、脂ぎっていて粘りを感じさせたり、気味悪いようなぬめりを感じさせる語もある。
これらの語は、現在の資料には出現しない。粘り気を表す語として、現在の資料にのみ見られるのは、次の一例だけである。
○うろこがぬめっと光るブラックコブラ。(朝日・二〇〇〇年一二月二三日)
現在の資料に、三〇年前に頻用されていた粘りっ気を表す擬態語が出現しないということは、一体どういうことなのか? 三〇年前に多量に出現していた粘り気を表す擬態語は、現在でも意味の通じるものばかりである。忘れ去られたわけではない。にもかかわらず、使用されていない。調査資料は、三〇年前と現在とはともに新聞・雑誌であり、大差がない。とすると、粘性を表す不快な擬態語は、現在では好まれずに意図的に避けられているということではあるまいか。

 五 大口開けて笑い合う
次に、現在の資料のほうに頻出する(二)人間などの声を表す擬音語に注目してみる。声を表す語で現在のみに出現する擬音語は、どのような特色を持っているのか? 観察すると、人間の笑い声が浮かび上がってくる。現在は、三〇年前に比べて、笑い声が目立って多く出現する。むろん三〇年前と共通して見られる笑い声もある。「ウフッ」「カラカラ」「クスクス」「ケラケラ」「ゲラケラ」「ハッハッハッ」「フッフッ」と。また、三〇年前のみに見られる笑い声としては、「ウフフ」「クククッ」「クックッ」「ケタケタ」「ハッハッ」「ハッハッハ」「フフフ」「ヘッヘッヘッ」の八種がある。
しかし、現在の資料には以下に示すような二七種の笑い声が出現している。
○ うまくつぶれる度にエヘヘ、フッフッと妙な笑い声がする。(朝日・二〇〇一年一月七日)
「フッフッ」の笑い声は、三〇年前から見られる共通語なので、ここでは問題になっていない。
○ ごちそう勝手便が届いた。開けてみるとウヒヒヒヒヒ。シャモ肉だ。(日経・夕刊・二〇〇〇年一二月一四日)
美味しいものが届き、舌なめずりしたくなるような感激の笑い声が、「ウヒヒヒヒヒ」である。この他、少し品の落ちる笑い声としては、「へへへー」(SPA!・二〇〇〇年一二月一三日号)、「ウヒヒヒヒ」(日経・夕刊・二〇〇〇年一二月一四日)、「ウヒョウヒョ」、「ケッケッケ」(朝日・夕刊・二〇〇〇年一二月一一日)、「ヒヒヒヒ」(SPA!・ 二〇〇〇年一二月二七日号)。
また、女の微妙な笑い声としては次のような例がある。
○ えりかちゃんはうふふふうーと笑った。(SPA!・二〇〇〇年一二月二〇日号)
○ 大地は明かりを消してほしい、と暗に言ってみたが、ふふっ、という笑い声でかわされた。(週刊現代・二〇〇〇年一二月二日号)
○ 可笑しそうに何度も喉を震わせ、うふふっ、と愉しそうな音を響かせる。(週刊現代・二〇〇〇年一二月二日号)
この他、「フフ」「フフフフフフフ」もある。さらに、思うところある女の不気味な笑い声は、「クッククク」(女性自身・二〇〇〇年一二月五日号)。中年女性の「ホホホ」「ホホホホ」(女性自身・二〇〇〇年一二月一二日号)の声もある。
また、大口あけて笑う声には、現在の資料には次のような語例がある。
○ 「ワシは世界一の借金王じゃい、アハハハハ」(週刊現代・二〇〇〇年一二月九日号)
○昔から「笑う門には福きた来る」と申します。「ワッハッハ。全くその通り。」(朝日・二〇〇一年一月七日)
○ 両手をつなぎ、ゆっくり上げながら「ワァーッハッハ、ワッハッハ」(朝日・二〇〇一年一月七日)
○ 大声を出したつもりで「ワーハッハ」を繰り返す。(朝日・二〇〇一年一月七日)
○ 週一回、十五人ほどが集まってアッハッハ─シンガポールの四地域に、昨秋、「笑いクラブ」が誕生した。(朝日・二〇〇一年一月七日)
この他、「アハハ」「アハハハ」、「ハハハハ」「ハハハハハ」「ワハハ」「ワハハハハ」がある。また、外国人の笑い声は、「HAHA」(SPA!・二〇〇〇年一二月六日号)とローマ字表記され、工夫されている例もある。
以上列挙した笑い声は、いずれも、三〇年前の『擬音語・擬態語辞典』には掲載されていない。人間は昔から笑っているのに、なぜ、現在の資料に限って笑い声が頻出するのか? 現在の健康志向の風潮と関係があると考えられる。実は、右に列挙した笑い声のうち、「エヘヘ」「ワッハッハ」「ワァーッハッハ」「ワーハッハ」「アッハッハ」は、意識的に笑うことによって免疫力を高める努力をしている現代人の紹介記事に出てくる笑い声。健康でありたい一心で、現在の我々は、笑うことにすら努力をしている。笑い奨励の時代である。笑い声を表す擬音語の多い理由は、こうした現在の風潮にかかわっていると察せられる。


(注1)玉村文郎「日本語と中国語における音象徴語」(『大谷女子大国文』9号・1979 年)、野口宗親・王長江「中国語における擬声語語彙の研究」(『熊本大学教育学部紀 要』28号・1979年)、野口宗親・王長江「中国語における擬声語語彙の研究U」(『熊 本大学教育学部紀要』29号・1980年)、山口仲美「音象徴語研究の一視点」(『国語 語彙史の研究』七・和泉書院・1986年)など。
(注2)山口仲美「中古象徴詞の研究─『今昔物語集』を中心に─」(『私学研修』107・1 08合併号、山口仲美著『平安朝の言葉と文体』風間書房・1998年に再録)。
(注3)一九七二年〜一九七三年の用例は、すべて天沼寧編『擬音語・擬態語辞典』か らの引用である。同辞典では、用例中の擬音語・擬態語の箇所は、「〜」で記されてい るので、本稿では全てカタカナ表記になおして示した。